複雑系

脳,遺伝子ネットワーク,生体内化学反応,生物進化,経済現象,地震などのように,数多くの要素が互いに絡みあった作用をし,その結果,組織化された振る舞いを示す系が複雑系と呼ばれている.複雑系は,自己組織化,準安定性,ゆっくりした緩和,ガラス的状態,非ガウス的分布,スケール不変性などの共通した動的および構造的な特質を持っている.つまり,システムは様々な複雑な要素を含み,互いに絡みあっているのにも関わらず,たとえば,脳は効率よく情報処理をし,遺伝子は機能し,経済システムは維持され,株式市場や地震はベキ法則を示すなどのように秩序構造をシステムが自ら形成しているような系である.このような秩序構造を個別的にあるいは統一的に解明することが課題となっている.

カオス

カオスとは決定論的な非線形システムが示す予測不可能で乱雑な振る舞いのことである.カオスは,このような決定論と予測不可能という一見矛盾した2つの側面をあわせもっており,非線形現象の多様さと普遍性を明らかにするための鍵となる現象である.ここで,普遍性とは,たとえば,2次関数で記述されるような離散時間の時間発展システムと流体の熱対流のように一見まったく無関係であると思われるようなシステムが定性的にも定量的にも共通の法則性を持つということである.また,カオスと情報処理,制御,暗号や秘匿通信などとの係わりを明らかにし,カオスを応用することもカオスの研究の重要なテーマである.

量子情報

光子や電子などを,1つの粒子ごとに制御して通信や計算が行えるようになると,各粒子は量子力学に基づいた振る舞いをすることになる.その結果,量子状態は本質的に確率的にしか記述できなくなり,測定すると量子状態が変化するなど,古典系とは異なる特性を持つ事になる.量子暗号では,その特性を利用して,盗聴者の存在を見つけ出すごとができる.量子計算では,量子の確率的な振る舞いを利用することにより,例えば素因数分解を多項式時間で行うことができる.さらに,古典系と同様に,量子系における符号化効率の限界を求める量子情報理論や環境からの量子状態への悪影響を低減させるための量子誤り訂正符号などの研究がなされている.

流体力学

液体と気体をまとめて流体とよび,その運動を調べるのが流体力学である.水の波・流れ,飛行機・車・船のまわりの流れ,パイプの中の流れ,室内の空気の流れなど,我々の身の回りには流体力学の対象となる現象があふれている.したがって,古くから研究が行われているが,流体の運動は微分方程式や積分方程式により記述されるので,さまざまな数学的手法が開発されている.たとえば,複素関数論,ポテンシャル論,微分方程式論,数値計算法,摂動論,可積分系,力学系などの進歩は,流体力学なしでは考えられない.また,乱流のように実用上重要な未解決問題も多い.計算機の進歩とともに,新しい理論的ブレークスルーが期待される分野である.

遺伝情報解析

ゲノム科学の進歩が情報科学と結びついて,バイオインフォマティクスと呼ばれる分野が大きく発展している.ゲノムの塩基配列情報の解読や遺伝子・蛋白質ネットワークの数理モデル化とそのダイナミクス解析など,数理情報学がゲノム科学において果たすべき役割はたいへん大きい.

脳の数理

21世紀は脳の世紀とも呼ばれ、我が国においても、「脳を知る」、「脳を守る」、「脳を創る」、「脳を育む」の4つの柱のもとで、様々な研究が展開されている。このような脳研究におけるひとつの重要な方法論は、脳の数理モデルを構築してその理論解析により脳の情報処理のからくりを明らかにすることである。神経細胞(ニューロン)や神経回路網(ニューラルネットワーク)の数理モデル、学習理論、カオス脳計算論など多彩な研究が行なわれている。