情報セキュリティ・暗号理論

情報の盗聴や改竄を防止するための秘匿や認証などを実現する符号化技術を暗号という.暗号は,計算量的安全性に基づく方式と情報量的安全性に基づく方式とに大きく分類される.前者は,敵対者が解読するために必要な計算量がとほうもなく膨大で,実質的に解読不可能な方式であり,主に整数論に基づき構成されている.後者は,将来どのように計算技術が進歩しても,それに依存せずに安全性が保証されている方式であり,情報理論などに基づいて構成されている.公開鍵暗号,ディジタル署名,ゼロ知識証明,秘密分散,セキュリティプロトコルなど,さまざまな暗号技術が開発されている.

符号理論

通信路の雑音などにより生じた誤りを,自動的に検出し訂正することができる符号を誤り訂正符号といい,それらを,代数的な手法を用いて構成する理論を符号理論という.現在では,ほとんどの情報がディジタル化されているため,そのような符号は有限体(有限個の離散集合で,四則演算が定義できる集合)理論を用いて構成されている.また,誤りは通信路雑音の確率分布に依存するため,これらの理論と確率論や統計理論をうまく結びつけることにより,性能のよい符号構成が可能となる.

情報理論

情報を「効率よく,高品質で,安全に」記録あるいは通信するために,それぞれ「データ圧縮,誤り訂正,情報セキュリティ・暗号」用の符号化技術が用いられている.情報理論は,そのような符号化に関する基礎理論であり,性能のよい実用的な符号を作る研究と,符号の性能限界を求める研究とに分かれている.特に後者はシャノン理論と呼ばれ,圧縮効率の限界や誤り訂正の限界が,それぞれエントロピーや相互情報量など情報源や通信路の確率により定まる情報量で与えられる.これらの性能限界が分かれば,具体的な符号に対して絶対的な性能評価を行うことができるようになる.

制御理論

制御理論とは「ものを思い通りに動かすための技術」である.ここで言う「もの」とは,従来は機械システムや電気システムであることが多かったが,最近では通信システム,生物システム,量子システムなども含まれるようになってきている.制御理論の分野は,対象となる「もの」のダイナミクスを数式で記述するためのモデリング,モデリングされたダイナミクスに基づいてどのように制御したら良いかを考える制御系設計,そして,完成した制御系の性能評価を行なう制御系解析に大別される.モデリングにおいては統計的手法が使われることが多く,制御系設計と制御系解析では,線形システムの場合なら最適化や関数解析の手法が,非線形システムの場合なら微分幾何学や非線形力学系の手法が使われることが多い.このように広い工学的応用と,豊かな数理的構造を持つことが制御理論の特徴であり,その意味で数理工学らしい分野の一つであると言える.

分岐理論

細長い竹の棒を立てて上から押してみる.徐々に力を加えていくと,最初は真っ直ぐであるが,ある時点で突然,グニャと曲がってしまう.どちらに曲がるかは予測できない.このような現象は,数理的には,パラメータ(力の大きさ)を含む非線形方程式においてパラメータの値を変化させたときに複数の解が現われる現象と捉えられる.本来一意的に決まっていた解が複数に枝分かれするという意味で,解の分岐と呼ばれる.自然界や工学システムには様々な分岐現象が見られ,しばしば,対称性やパターン形成と深く関係している(竹の棒の例では,グニャと曲がって対称性を失っている).分岐理論は,非線形方程式や微分方程式の分岐を数学的に扱う枠組みであり,微分方程式論,特異点理論,群論,数値計算法などと結びついている.

複雑系

脳,遺伝子ネットワーク,生体内化学反応,生物進化,経済現象,地震などのように,数多くの要素が互いに絡みあった作用をし,その結果,組織化された振る舞いを示す系が複雑系と呼ばれている.複雑系は,自己組織化,準安定性,ゆっくりした緩和,ガラス的状態,非ガウス的分布,スケール不変性などの共通した動的および構造的な特質を持っている.つまり,システムは様々な複雑な要素を含み,互いに絡みあっているのにも関わらず,たとえば,脳は効率よく情報処理をし,遺伝子は機能し,経済システムは維持され,株式市場や地震はベキ法則を示すなどのように秩序構造をシステムが自ら形成しているような系である.このような秩序構造を個別的にあるいは統一的に解明することが課題となっている.

カオス

カオスとは決定論的な非線形システムが示す予測不可能で乱雑な振る舞いのことである.カオスは,このような決定論と予測不可能という一見矛盾した2つの側面をあわせもっており,非線形現象の多様さと普遍性を明らかにするための鍵となる現象である.ここで,普遍性とは,たとえば,2次関数で記述されるような離散時間の時間発展システムと流体の熱対流のように一見まったく無関係であると思われるようなシステムが定性的にも定量的にも共通の法則性を持つということである.また,カオスと情報処理,制御,暗号や秘匿通信などとの係わりを明らかにし,カオスを応用することもカオスの研究の重要なテーマである.

量子情報

光子や電子などを,1つの粒子ごとに制御して通信や計算が行えるようになると,各粒子は量子力学に基づいた振る舞いをすることになる.その結果,量子状態は本質的に確率的にしか記述できなくなり,測定すると量子状態が変化するなど,古典系とは異なる特性を持つ事になる.量子暗号では,その特性を利用して,盗聴者の存在を見つけ出すごとができる.量子計算では,量子の確率的な振る舞いを利用することにより,例えば素因数分解を多項式時間で行うことができる.さらに,古典系と同様に,量子系における符号化効率の限界を求める量子情報理論や環境からの量子状態への悪影響を低減させるための量子誤り訂正符号などの研究がなされている.

流体力学

液体と気体をまとめて流体とよび,その運動を調べるのが流体力学である.水の波・流れ,飛行機・車・船のまわりの流れ,パイプの中の流れ,室内の空気の流れなど,我々の身の回りには流体力学の対象となる現象があふれている.したがって,古くから研究が行われているが,流体の運動は微分方程式や積分方程式により記述されるので,さまざまな数学的手法が開発されている.たとえば,複素関数論,ポテンシャル論,微分方程式論,数値計算法,摂動論,可積分系,力学系などの進歩は,流体力学なしでは考えられない.また,乱流のように実用上重要な未解決問題も多い.計算機の進歩とともに,新しい理論的ブレークスルーが期待される分野である.